訪れる人々をアートの起源へと誘う、小田原文化財団 江之浦測候所。
構想から20年の歳月を経て、小田原市江之浦のかつて蜜柑畑だった地に2017年10月に開館したこの文化施設は、世界的に知られる現代美術作家、杉本博司により設計された。背後には雄大な箱根の山々、目の前には相模湾の絶景が広がり、四季折々の自然の美しさを五感で堪能できる。
施設内にはギャラリー棟、野外舞台、茶室などが点在し、風景とアートが一体となった特別な空間として来館者を魅了してきた。
蒼く澄んだ空気に包まれた壮大なランドスケープの見どころを、mizuiro indと巡る。
江之浦測候所を代表する建築の一つ「夏至光遥拝100メートルギャラリー」は、夏至の朝、海から昇る太陽の光が一直線に差し込む構造になっている。
壁面は大谷石で覆われ、反対側には柱を使わずに37枚のガラス板が自立。 ギャラリー内には杉本博司の作品が展示されている。
能舞台の寸法を基に設計された「石舞台」には、地盤整備で出土した多くの転石が使われ、四隅には早川石丁場跡から発掘された江戸城の巨石、石橋には福島県川内村の滝根石が据えられている。
この石橋は、春分と秋分の日に相模湾から昇る日の出の軸線に合わせて設置されており、「演能は夜明け前の薄闇に曙が差す頃に始まり、後ジテが冥界に帰る頃にその背に朝日を浴びる」という構想のもとに築かれた。
また、海に向かって配置された三角形の舞台「三角塚」の頂点は、春分・秋分の正午に太陽の方角を指している。
千利休が設えた「待庵」を本歌とする茶室「雨聴天」。
広さはわずか2畳。壁は素朴な土壁、屋根には蜜柑小屋で使われていたトタンが再利用されており、質素ながらも奥深い趣を感じさせる。
名前の通り、天から降る雨音が響き、独特な静謐さで満たされたこの空間は、他の建築とは一線を画す存在。
出入り口には、山形県小立部落にある重要文化財の石鳥居を模した重厚な石造の鳥居が立ち、踏み込み石には古墳の石棺蓋石が据えられている。
細部にまで込められた歴史の重みが、この空間にさらなる深みを与えている。
冬至の軸線に沿って広がる「光学硝子舞台」。
檜の懸造りに敷かれた光学硝子は、冬至の朝、差し込む陽光でまばゆく輝く。そして舞台の造りは、京都の清水寺や三徳山文殊堂を思わせる壮大さを持つ。
観客席は古代ローマの円形劇場を基に再現され、硝子の舞台がまるで水面に浮かんでいるかのように見える。相模湾と調和したこの幻想的な光景は、観る者を非日常へと誘う。
その傍らには、冬至の日の出に合わせて設計された約70メートルの「冬至光遥拝隧道」が佇む。
冬至は、一年の終わりであり、再生の始まり。古代から死と再生の象徴とされ、人類が太陽の巡りを意識し始めた時でもある。
この「古い記憶」を蘇らせるために当施設は構想された。
冬至の朝、相模湾から昇る光が隧道を貫き、巨石を照らし出す。
その他にもこの壮麗な文化施設には、日本の歴史を感じさせる芸術的な財産が至る所に散りばめられている。
広大な敷地にはまだ開発中の空間もあり、これからもさらなる進化を遂げるだろう。
敷地をじっくりと巡った後は、「甘橘山」で収穫された果実を使ったドリンクなどが楽しめるオープンテラスで、自然の恵みを味わいながら、心休まるひと時を過ごしてみてはいかがだろうか。
小田原文化財団 江之浦測候所:
〒250-0025 神奈川県小田原市江之浦362-1
https://www.odawara-af.com/
※公式ウェブサイトより事前予約制
STAFF
photo : Sodai Yokoyama
hair & make-up : Yoko Hirakawa(mods hair)
model : UNI
edit & text : Masamichi Hayashi(SARUTA9), Misaki Imamura